インパクトの大きいユースケースの設計

インパクトの大きいユースケースの設計

業務上の課題を具体的なAIユースケースへと転換し、実際の改善につなげる方法を学びます。AIと人間の役割を明確にし、ビジネスへの影響、検証の実現可能性、関係者にとっての価値をもとに、ユースケースを評価・優先順位付けします。さらに、業務改善を確認するための「成功指標」を設定し、漠然としたAI活用の構想を、具体的で測定可能な成果へとつなげます。

AI導入の機会発見とユースケース設計

AI導入の機会発見は、ビジネスや組織の現状と課題を把握し、AIによる業務フロー改善の可能性を見つけるために不可欠です。ユースケース設計により、AIがどこで具体的な価値を提供できるかを判断できます。

よく挙げられる顧客の課題

  • 手作業の多さ

  • 処理や対応の遅延

  • 反復的な業務

  • 出力品質のばらつき

  • 情報検索の難しさ

これらの課題は、複数のAIユースケースにつながる可能性があります。

本稿で身につくこと

  • AI導入の機会開発におけるユースケース設計の役割を説明できる。

  • 業務フロー上の課題を明確なユースケースの機会へと変換できる。

  • 業務フロー内でAIが価値を生み出せる箇所を特定できる。

  • 影響度、実用性、検証の準備状況に基づいて、候補となるユースケースを評価できる。

  • 候補となるユースケースに優先順位をつけ、有力な着手点を提案できる。

  • 将来の検証や価値に関する議論を支えることができる成功指標を定義する。

AI導入の機会を具体化するには、実際の業務課題を起点に、改善対象、関係者、AIと人間の役割、期待する成果を明確にすることが重要です。

業務フロー上の課題からユースケースへ

AIのユースケースを検討する際は、実際の業務で何が問題となっているのかを明確にし、AIがどの部分を改善できるのかを具体的に考えることが重要です。

例えば、新入社員の入社手続きの場合、

段階

内容

課題の発見

入社手続きに手作業が多い。

問題の明確化

人事担当者が提出書類の確認や不足情報の追跡に時間を費やしている。

ユースケースの定義

AIが書類から必要情報を抽出し、不足項目を検出する。担当者が結果を確認することで、作業時間と確認漏れを削減する。

単に「入社手続きにAIを活用する」だけでは、何を改善するのか判断できません。

誰の、どの業務を、AIと人間がどのように分担して改善するのか。 ここまで具体化することで、導入効果の検証や適切なソリューションの選定が可能になります。

業務フローの理解から改善機会を見つける

現在認識している課題だけでなく、業務全体の流れを詳しく把握することで、これまで気づかなかったAI活用の機会が見つかることがあります。

特に、次のような業務に注目します。

  • 情報収集: 複数のシステムや資料から必要な情報を探す。

  • データ入力: メールや書類から情報を転記する。

  • 分類・判断: 問い合わせや案件を分類し、優先順位を決める。

  • 文書作成: 報告書、議事録、メールなどを作成する。

  • 確認作業: 内容の正確性や不足事項をチェックする。

  • 業務連携: 部門間の引き継ぎや進捗管理を行う。

例えば、「新入社員の入社手続きが遅い」という課題でも、業務を詳しく調べると、書類確認、社内規定の照会、担当部署への連絡、進捗管理など、複数の改善機会が見えてきます。

ただし、すべてをAIで解決する必要はありません。既存システムの連携や業務手順の見直しで解決できる場合もあります。

重要なのは、最初からAIの機能を考えるのではなく、業務を理解したうえで、AIが本当に価値を生み出せる部分を見極めることです。

AIが担う役割を具体的にする

AIの活用を検討する際は、「その業務でAIが具体的に何をするのか」 を明確にすることが重要です。

AIの主な役割は、次のように整理できます。

AIの役割

具体例

情報検索

社内資料や過去の履歴から必要な情報を探す

情報抽出

書類やメールから必要な項目を取り出す

分類・振り分け

問い合わせを内容別に分類し、担当部署を提案する

文章生成

メールの返信案や報告書を作成する

内容確認

書類の記載漏れや不整合を検出する

提案・推奨

過去のデータから次に取るべき行動を提案する

進捗監視

タスクの遅延や未対応案件を検出して通知する

例えば、顧客サポートの効率化という課題でも、AIによる情報検索、回答案の作成、回答内容の確認、対応状況の監視など、複数の活用方法が考えられます。

これらは関連していますが、それぞれ目的や期待する成果が異なります。

この段階では、具体的な製品や技術を決める必要はありません。

重要なのは「AIで業務を改善する」という漠然とした目標を、AIが担う具体的な作業に分解することです。 そうすることで、各ユースケースの必要性や導入効果を個別に検証しやすくなります。

ユースケースを具体的に定義する

AIのユースケースは、誰が、どの業務で、AIを使って何を行い、どのような成果を得るのかを明確にすることが重要です。

次の6つの要素で整理できます。

要素

確認する内容

対象業務

どの業務プロセスを改善するのか

利用者・関係者

誰がAIを利用し、成果を確認するのか

作業対象

どのような情報や書類を扱うのか

AIの役割

AIが何を抽出・生成・判断支援するのか

人間の役割

誰が結果を確認・承認・決定するのか

期待する成果

時間短縮、品質向上、ミス削減など、何を改善するのか

例えば、単に「入社手続きにAIを活用する」ではなく、次のように具体化します。

人事担当者が入社書類を確認する際、AIが必要情報を抽出して不足項目を検出し、担当者が最終確認することで、確認作業の負担と記載漏れを減らす。

このように定義すると、AIと人間の役割分担が明確になり、必要な機能や導入効果を検討しやすくなります。

重要なのは、AIの機能を説明することではなく、実際の業務がどのように改善されるのかを説明することです。


再利用可能なテンプレート:

【業務フローのステップ】において、【ユーザーまたはステークホルダー】はAIを利用して【AIによる出力】を【作業対象】に対して行い、その間またはその後、【人間の役割】が【確認、承認、決定、または実行】を行うことで、【望ましい結果】が得られる。

具体例:新入社員の入社手続きにおけるAI活用

ある企業では、新入社員の入社手続きに時間がかかりすぎているという課題を抱えていました。

一見すると「入社手続きが遅い」という単純な問題に見えます。しかし、実際の業務フローを調べると、複数の問題が重なっていることがわかりました。

業務フローから見えてきた問題

  • 情報の分散: 新入社員がメールや紙、複数のシステムを通じて書類を提出するため、必要な情報がすべて揃っているか確認しにくい。

  • 手作業による確認: 人事担当者が提出書類の内容を確認し、不足情報を調べる作業に多くの時間を費やしている。

  • 部門間の連携不足: 入社準備が完了しないため、配属先の上司や担当部署が業務開始に必要な準備を進められない。

  • 進捗状況の把握が困難: 部署をまたぐ手続きの進捗が見えず、勤務開始日に影響が出るまで遅延に気づかないことがある。

つまり、入社手続きの遅延は単一の原因ではなく、情報収集、内容確認、部門間の連携、進捗管理という複数の業務上の問題が重なって発生しているのです。

見えてきた3つのAIユースケース

業務フローを整理することで、AIが支援できる具体的な業務も明らかになります。

ユースケース

AIが行うこと

人間が行うこと

期待される改善

1. 情報抽出

提出書類から必要項目を抽出し、不足情報を検出する

人事担当者が内容を確認し、例外事項に対応する

手作業の削減、確認漏れの防止

2. 社内情報の検索

社内規定や入社手続きに必要なルールを検索し、関連情報を提示する

人事担当者が情報の正確性や適用条件を確認する

情報検索時間の短縮、判断の迅速化

3. 業務フローの監視

各部署の進捗を把握し、未完了タスクや遅延を検出する

担当者が対応の必要性を判断し、関係部署と調整する

遅延の早期発見、進捗状況の可視化

これらは同じ入社手続きに関するユースケースですが、それぞれ改善する業務が異なります。

例えば、情報抽出は人事担当者の作業負担を減らすことが目的です。一方、進捗監視は部門間の連携を改善し、入社準備の遅延を防ぐことを目的としています。

また、AIが情報を抽出したり、遅延を検出したりしても、最終的な確認や判断、対応の責任は引き続き人間が担います。

どのユースケースから検証するべきか

複数の改善機会が見つかったからといって、すべてを同時に導入する必要はありません。

次のような観点から、最初に検証するユースケースを選びます。

  • 課題の重要性: どの問題が業務全体の遅延やコストに最も影響しているか。

  • 期待される効果: 作業時間の短縮、ミスの削減、業務品質の向上などを見込めるか。

  • 実現可能性: 必要なデータが利用でき、実際の業務で検証できるか。

  • 関係者の協力: 業務担当者や責任者が検証に参加できるか。

例えば、書類確認に多くの時間がかかっているのであれば、まずは情報抽出の有効性を検証することが考えられます。

一方、遅延の主な原因が部署間の連絡不足であれば、進捗管理の仕組みを改善する方が効果的かもしれません。この場合、必ずしもAIが必要とは限りません。

この事例から学べること

この事例で重要なのは、「入社手続きが遅い」という課題を、そのまま一つのAIユースケースとして扱わないことです。

業務を詳しく理解することで、次の点が明確になります。

確認する項目

明らかになったこと

対象となる業務

人事部門、配属先の上司、関連部署が関わる入社手続き

具体的な問題

情報の分散、手作業による確認、部署間の待機時間、進捗の見えにくさ

AI活用の候補

情報抽出、社内情報検索、進捗監視

人間の役割

情報の確認・承認、例外対応、最終的な意思決定

次のステップ

最も効果が期待でき、現実的に検証できるユースケースを選ぶ

優れたユースケースとは、「入社手続きにAIを導入する」といった漠然としたものではありません。

業務のどこに問題があり、AIがどの部分を支援し、人間がどのように関与することで、何が改善されるのかを具体的に説明できるものです。

そして、複数の改善機会を見つけること自体がゴールではありません。業務への影響と実現可能性を踏まえ、検証する価値のあるユースケースを選び出すことが、次の重要なステップです。

ユースケース候補の評価

いくつかのユースケースが明らかになった後、それぞれのユースケースを追求する価値があるかどうかが問題となります。評価を行うことで、単に面白そうに聞こえるアイデアと、有意義で実用的であり、検証を行う準備が整っている機会とを区別することができます。

そのユースケースは、取り組む価値のある課題を解決するか?

すべてのAIユースケースが、優先的に取り組む価値のあるものとは限りません。

興味深いアイデアでも、業務への影響が小さすぎる場合や、顧客が重視する課題と十分に結びついていない場合があります。

有望なユースケースとは、関係者にとって重要な業務上の課題を解決し、組織が望む成果につながる可能性があるものです。

ユースケースを評価する5つの視点

次の観点から、そのユースケースが検証する価値のあるものかを考えます。

  • 課題の明確さ: 実際の業務フローで発生している具体的な問題に対応しているか。

  • 改善の可能性: 手作業の負担、遅延、手戻り、業務のばらつき、リスクなどを軽減できるか。

  • 業務の重要性: 対象業務は頻繁に発生するものか、あるいは改善が必要なほど重要な問題か。

  • 関係者の関心: 現場担当者や責任者が、その改善を重要だと考えているか。

  • ビジネス成果との関連性: 改善によって、将来的に事業上の成果につながる可能性があるか。

例えば

月に数回しか発生しない作業で、数分の時間を短縮するユースケースも有用かもしれません。しかし、必ずしも最初に取り組むべきものとは限りません。

一方、大量の書類を日常的に確認する業務で、繰り返し発生する手作業を削減できるのであれば、より大きな改善につながる可能性があります。特に、関係者がすでにその作業を課題として認識している場合は、有望なユースケースと考えられます。

この段階で求められる判断

ここで重要なのは、詳細なROI(投資対効果)を計算したり、正式な事業計画を作成したりすることではありません。

実際の業務状況やヒアリングで得られた情報を根拠に、そのユースケースが、さらに検証を進めるだけの価値を持っているかを判断することです。

AIの技術的な高度さではなく、顧客の業務において、どれだけ意味のある改善が期待できるかを基準に評価することが重要です。

そのユースケースは現実的に検証できるか?

有望なAIユースケースであっても、実際に効果を検証できなければ、導入に向けた判断は難しくなります。

ここで重要になるのが、検証の実現可能性です。

これは技術的にシステムを構築できるかという話ではありません。企業と導入支援パートナーが協力し、AIによって実際の業務が改善されるかを、現実的な条件で確かめられるかということです。

検証の実現可能性を判断する8つの視点

評価の観点

確認するポイント

業務フローの明確さ

現在の業務手順が、検証できる程度に理解されているか。

関係者の協力

必要な担当者や責任者が参加し、検証に協力できるか。

業務プロセスの安定性

現状と改善後の業務を比較できる程度に、作業手順が安定しているか。

必要な情報の入手

検証に必要な資料や過去の事例を確認できるか。

データの準備状況

実際の業務を代表するデータがあり、利用許可を得られるか。

リスクと管理体制

AIの誤りによる影響を管理でき、人間による確認や承認が可能か。

効果の測定

現状の基準値と評価基準が明確で、改善を確認できるか。

検証範囲と複雑さ

全社的な業務変更や複雑なシステム連携を行わずに検証できるか。

AIの評価では、速さだけでなく品質や修正の負担も確認する

複数のAIモデルや手法を比較する場合は、同じ作業内容、入力データ、利用可能なツール、アクセス権限など、できる限り条件を揃えることが重要です。

また、検証前に「どのような結果であれば実務で使えると判断するか」を関係者間で合意しておきます。

例えば、次のような項目を記録します。

  • 出力品質: 必要な精度や品質基準を満たしているか。

  • 修正の負担: AIの結果を人間が確認・修正するために、どれほどの手間がかかるか。

  • 作業時間: 確認や修正を含め、業務の完了までにかかる時間。

  • 処理コスト: 一つの業務を完了するために必要な費用。

AIが数秒で回答を生成できても、その内容の確認や修正に多くの時間が必要であれば、業務改善につながるとは限りません。

重要なのはAI単体の性能ではなく、人間による作業も含めた業務全体が改善されるかどうかです。

影響が大きくても、検証が難しいユースケースがある

業務への改善効果が大きいと期待されるユースケースでも、必ずしも最初の検証対象として適しているとは限りません。

例えば、組織の重要な意思決定、法令遵守、既存システムの動作などに影響する業務では、関係者の信頼を得ることに加え、適切な監督体制や慎重な検証計画が必要になる場合があります。

特に、保険、法務、医療、雇用、金融、与信などの分野では注意が必要です。

OpenAIの利用ポリシーでも、個人の権利や安全などに重大な影響を及ぼす判断や行為を、人間による確認なしに自動化することを禁止しています。


AIが情報分析や判断材料の提示を支援することは可能ですが、専門的な判断が必要な業務では、適切な資格や権限を持つ人による確認を組み込み、最終的な責任を人間が担う必要があります。

この段階で求められる判断

検証が難しいからといって、そのユースケースに価値がないわけではありません。

重要なのは、期待される改善効果だけでなく、必要なデータ、関係者の協力、リスク管理、評価方法が揃っており、現実的に検証を進められるかを判断することです。

価値が高くても検証条件が整っていないユースケースは、最初の取り組みとしては適切でない場合があります。

具体例:保険会社の保険金支払業務におけるAI活用

ある日本の保険会社では、保険金の請求受付から支払査定までの業務に時間がかかるという課題を抱えていました。

業務を詳しく調べると、担当者は提出書類の確認、請求案件の優先順位付け、必要情報の照合などに多くの時間を費やしていることがわかりました。

一見すると「保険金の支払いまでに時間がかかる」という一つの問題ですが、業務フローを詳しく分析することで、異なる改善効果と検証条件を持つ複数のAIユースケースが見えてきます。

考えられる3つのAIユースケース

1. 提出書類からの情報抽出

保険金請求書、診断書、事故報告書などから、契約者情報、事故内容、日付、請求金額などの必要項目をAIが抽出し、担当者が確認しやすい形式に整理します。

担当者は抽出された情報を元の書類と照合し、正確性を確認します。

これにより、手作業によるデータ入力を減らし、情報整理の効率化や作業の一貫性向上が期待できます。

検証のしやすさ: 入力となる書類と期待される出力が比較的明確であり、抽出結果を原本と照合できるため、AIの精度や作業時間の削減効果を評価しやすいユースケースです。

2. 請求案件の分類と優先順位付け

AIが請求内容を分析し、案件の種類や緊急度に応じた分類、担当部署への振り分け、対応優先順位を提案します。

例えば、追加調査が必要な案件や、早急な対応が求められる案件を抽出することで、担当者による優先順位付けを支援できます。

ただし、案件の振り分けは顧客対応や保険金支払までの期間に影響する可能性があります。

検証上の注意点: AIの分類結果が正確であるだけでなく、その判断根拠を担当者が確認できることや、誤った優先順位付けによって顧客が不利益を受けないことが重要です。

3. 支払査定前の書類・情報の不足確認

AIが保険金請求に関する情報や担当者が作成した案件概要を確認し、必要書類の不足、記載漏れ、不整合などを検出します。

担当者はAIが指摘した内容を確認し、必要に応じて追加資料の提出依頼や情報の修正を行います。

これにより、査定の後工程で不足情報が発覚することによる手戻りを減らし、確認作業の品質を安定させることが期待できます。

検証のしやすさ: 必要書類や確認項目が明確であれば、AIの検出結果と実際の不足事項を比較できます。特に、顧客が書類確認の品質に課題を感じている場合、有力な検証対象となります。

どのユースケースから検証するべきか

3つのユースケースはいずれも有用である可能性があります。しかし、最初の検証対象としての適性は異なります。

ユースケース

期待される改善

検証時の主な考慮点

情報抽出

入力作業の削減、情報整理の効率化

原本との照合が容易で、精度を評価しやすい

分類・優先順位付け

対応の迅速化、案件振り分けの改善

誤分類が顧客対応に影響するため、慎重な検証が必要

不足情報の確認

確認漏れの防止、手戻りの削減

確認基準を明確にし、人間によるレビューを維持する必要がある

例えば、手作業によるデータ入力が大きな負担になっているのであれば、情報抽出から検証することが考えられます。

一方、書類の不備や確認漏れが支払遅延の主な原因であれば、不足情報の確認を優先する方が効果的かもしれません。

分類・優先順位付けも有望ですが、顧客への影響が大きくなる可能性があるため、より慎重な評価と管理体制が求められます。

保険業務で特に注意すべきこと

保険金の支払査定は、顧客の権利や経済的利益に直接関わる重要な業務です。

AIによる情報抽出、書類確認、分析、優先順位の提案などは考えられますが、保険金の支払可否や支払金額などに関わる重要な判断を、AIだけに任せるべきではありません。

OpenAIの利用ポリシーでは、保険を含む機微な分野において、人間による確認なしに重大な影響を及ぼす意思決定を自動化することを禁止しています。


また、日本の金融庁の監督指針でも、保険金支払査定における適切な確認、権限分担、専門的判断が必要な場合の関係部門との連携などが重視されています。


したがって、AIは担当者の業務を支援する役割とし、重要な判断や承認は適切な権限を持つ人間が行う運用が必要です。

この事例から学べること

この事例は、複数のAIユースケースに価値があっても、最初の検証対象として適しているとは限らないことを示しています。

ユースケースを比較する際は、次の観点が重要です。

  • 課題との関連性: どのユースケースが実際の業務上の問題を最も明確に改善できるか。

  • 結果の検証可能性: AIの出力を担当者が容易に確認し、正確性を評価できるか。

  • 人間の役割: 確認、承認、判断などの責任分担が明確になっているか。

  • リスク: AIの誤りが顧客対応や業務にどの程度の影響を及ぼすか。

  • 検証の進めやすさ: どのユースケースが最も早く、信頼できる検証結果を得られるか。

最初から最も高度で大規模なAI活用を目指す必要はありません。

具体的な業務を対象とし、効果を確認でき、人間による適切なレビューが可能なユースケースこそ、最初の検証に適している場合が多いのです。

重要なのは、技術的に実現できることの多さではなく、顧客が安心して検証を進められ、その結果から次の導入判断につなげられることです。


実行可能な候補には、潜在的な価値以上のものがあります。また、次のステップに進むことを正当化できるほど、業務フローの明確さ、ステークホルダーの関与、および検証の実用性も備わっています。


各選択肢を相互に比較する前に、この評価基準を活用してください。

ユースケースの優先順位付け

優先順位付けは、ユースケースの設計が具体的な提言へと変わる段階です。その目的は、顧客が実際に実行できる出発点を選ぶことにあり、最も壮大なアイデアや、最も先進的なアイデア、あるいはあらゆるアイデアを一度に盛り込むことではありません。

複数のユースケースを比較する

有望なAIユースケースが複数ある場合は、共通の観点で比較し、どれから検証するべきかを判断することが重要です。

この段階では、点数による評価や詳細な分析は必要ありません。顧客と導入支援パートナーが、同じ基準で選択肢を検討できるようにします。

比較する7つの観点

比較項目

確認するポイント

ビジネス上の価値

顧客にどのような改善をもたらすか

業務の準備状況

対象業務を十分に理解できているか

データの準備状況

必要なデータが揃い、利用許可を得られるか

リスクと管理体制

想定される問題を人間の確認や監督で管理できるか

関係者の協力

責任者が明確で、検証に協力する意思があるか

効果の測定

改善されたかどうかを確認できるか

将来的な展開

検証結果を他の業務や、より広い導入に活かせるか

比較結果は簡潔に記録する

例えば、次のように整理します。

  • 「責任者は明確だが、データへのアクセス許可が未確認」

  • 「改善効果は大きそうだが、判断基準や監督体制が未整備」

  • 「対象業務は限定的だが、課題と評価基準が明確で検証しやすい」

重要なのは、最も魅力的に見えるユースケースを選ぶことではなく、期待される価値と検証のしやすさ、リスクなどを比較し、合理的な判断につなげることです。

最初に取り組むユースケースを選ぶ

AI導入の最初のユースケースは、期待される改善効果、検証のしやすさ、準備状況のバランスを考えて選ぶことが重要です。

有望なユースケースには、次のような特徴があります。

  • 課題との関連性: 実際の業務上の問題に直接対応している。

  • 検証のしやすさ: 限られた範囲で現実的に検証できる。

  • 関係者の支持: 責任者や現場担当者が改善に関心を持ち、協力している。

  • 測定可能な成果: 作業時間や品質など、改善効果を確認できる。

  • 早期の検証: 比較的短期間で、次の判断に役立つ根拠を得られる。

最初から大規模な業務改革を目指す必要はありません。範囲が限定的でも、成果を確かめられるユースケースの方が、適切な出発点となる場合があります。

初期の検証で成果を確認できれば、関係者の信頼や協力が得られ、将来的により広い業務への展開を検討しやすくなります。

推奨する理由も明確にする

例えば、顧客サポート業務であれば、次のように提案できます。

「まずは、担当者が必要な社内情報を探す業務からAI活用を始めることを推奨します。情報検索にかかる時間を削減できる可能性があり、顧客への回答は引き続き担当者が確認・判断できます。また、検索時間や回答品質の変化を測定しやすく、将来的な回答内容の品質管理や問い合わせ対応の改善にもつなげられるためです。」

単に「AIによる社内検索から始めましょう」と提案するよりも、なぜそのユースケースを優先するのか、どのような成果を期待し、次にどうつなげるのかが明確になります。

重要なのは、最初に何をするかだけでなく、他の選択肢と比較して、なぜそこから始めるべきなのかを説明できることです。

具体例:カスタマーサポート業務におけるAI活用の優先順位

ある日本の企業では、カスタマーサポート担当者が顧客からの問い合わせに回答する際、複数のシステムや社内資料を確認するために多くの時間を費やしていました。

業務を詳しく調べると、次のような問題が明らかになりました。

  • 情報検索の負担: 製品マニュアル、社内FAQ、過去の問い合わせ履歴などを個別に検索している。

  • 回答品質のばらつき: 担当者によって参照する情報が異なり、回答内容に一貫性がない。

  • 顧客対応の遅延: 必要な情報が見つからず、顧客を待たせたり、回答が翌日以降になったりする。

つまり、主な課題は 「顧客への回答に必要な情報を、迅速かつ正確に見つけられないこと」 でした。

考えられる3つのAIユースケース

業務フローを詳しく検討した結果、次の3つのユースケースが候補に挙がりました。

ユースケース

期待される改善

検証時の考慮点

1. 問い合わせ履歴の要約

対応履歴の記録時間を短縮し、記録内容を標準化する

有用だが、情報検索に時間がかかるという主な課題には直接対応していない

2. 社内情報の検索・要約

FAQ、製品マニュアル、社内規定などから必要情報を探し、回答に役立つ情報をまとめる

信頼できる情報源へのアクセスと、検索精度や回答品質の評価基準が必要

3. 上位担当者への対応引き継ぎの提案

問い合わせ内容に応じて、専門部署や責任者への引き継ぎを提案する

誤った判断が顧客対応に影響するため、より慎重な検証と監督体制が必要

どのユースケースにも一定の価値が期待できます。しかし、すべてを同時に導入するのではなく、顧客が最も困っている問題に直接対応するものから検証することが重要です。

最初に取り組むべきユースケースは?

今回のケースでは、「社内情報の検索・要約」 が最も有力な候補となります。

その理由は、顧客が抱えている「必要な情報を探すのに時間がかかる」という問題に直接対応できるためです。

AIが承認済みの社内FAQや製品マニュアルなどから関連情報を探し、要点と参照元を提示することで、担当者は必要な情報を効率よく確認できるようになります。

最終的な回答内容は引き続き担当者が確認・判断するため、人間による管理も維持できます。

また、次のような指標で改善効果を検証できます。

  • 必要な情報を見つけるまでの時間

  • 顧客への回答準備にかかる時間

  • 回答内容の正確性や一貫性

  • 情報が見つからないことによる対応遅延の発生頻度

これらを導入前後で比較することで、AIが実際の業務改善につながるかを確認できます。

他のユースケースを優先しない理由

問い合わせ履歴の要約も、対応記録の作成時間を減らすという点では有用です。

しかし、今回の主な課題は回答前の情報検索にあります。問い合わせ履歴の要約だけでは、その問題を直接解決できません。

一方、上位担当者や専門部署への対応引き継ぎの提案は、複雑な問い合わせへの対応を効率化できる可能性があります。

ただし、誤った引き継ぎ先の選択や対応優先順位の判断は、顧客満足度や問題解決までの時間に影響します。そのため、判断基準の明確化、人間による確認、関係者の合意など、より慎重な検証が必要です。

これは、引き継ぎ支援のユースケースに価値がないという意味ではありません。

まず情報検索の改善を検証し、AIが提供する情報の品質や現場での運用に対する信頼を得たうえで、次の取り組みとして検討することもできます。

この事例から学べること

この事例は、価値のあるユースケースが複数あっても、最初に取り組むべきものは顧客の課題や検証条件によって異なることを示しています。

今回の判断を整理すると、次のようになります。

比較の観点

社内情報の検索・要約を優先する理由

ビジネス上の価値

情報検索に時間がかかるという主な課題に直接対応する

検証のしやすさ

検索時間や回答品質を比較できる

人間の役割

担当者が情報を確認し、最終的な回答を判断する

リスクの管理

回答前に人間が確認する運用を維持できる

将来的な展開

回答品質の確認や対応引き継ぎの支援など、次のユースケースにつなげられる

最初から最も高度なAI活用を選ぶ必要はありません。

重要なのは、顧客が重視する課題に直接対応し、期待される改善効果、現実的な検証方法、導入準備の状況が最もよく揃ったユースケースを選ぶことです。

そして、その選択理由を顧客と共有することで、なぜその業務から着手するのか、他の候補をどのような順序で検討していくのかについて、共通認識を持つことができます。

まとめ


優れた出発点とは、価値、準備状況、リスク、そして有用な証拠が得られるまでのスピードのバランスが取れているものです。推奨事項では、なぜこのユースケースを最優先すべきか、またどのようなトレードオフによって他の選択肢よりも優れているかを説明する必要があります。

成功の指標の定義

選定されたユースケースであっても、それが機能しているかどうかを示す方法が必要です。成功の指標は、より深い価値やソリューションに関する議論に移る前に、検証段階で何を観察すべきかについて、関係者に共通の基準を提供します。

成功の指標を明確にする

AIのユースケースを選定したら、次に重要なのは、**「検証を続ける価値があるかを、何によって判断するか」**を明確にすることです。

そのために設定するのが「成功の兆候(成功シグナル)」です。

成功シグナルとは、AIによって実際の業務が改善されている可能性を示す、初期段階で確認できる指標です。

成功シグナルの4つの条件

  • 課題との関連性: 解決したい業務上の問題に直接関係している。

  • 関係者にとっての重要性: 現場担当者や責任者が重視する改善である。

  • 検証可能性: 実際の検証を通じて変化を確認できる。

  • ビジネス成果とのつながり: 将来的な生産性や品質、顧客満足度などの向上に結びついている。

例えば

カスタマーサポートでAIによる社内情報検索を検証する場合、

「高性能なAIモデルを利用している」

という説明では、業務が改善されたかどうかは判断できません。

一方、

「担当者が必要な社内情報を見つけるまでの時間が短縮されている」

という指標であれば、実際の業務課題に直接結びついており、検証によって確認できます。

この段階で求められること

成功シグナルは、正式なKPIやROI(投資対効果)、事業計画を確定するためのものではありません。

顧客と導入支援パートナーが、どのような変化を確認できれば次の検討に進む価値があるのか、共通認識を持つことが目的です。

こうして期待する改善を具体化することが、将来的な導入効果やビジネス価値の評価につながります。

成功シグナルを業務改善と結びつける

成功シグナルは、ヒアリングで明らかになった実際の業務課題と直接結びついていることが重要です。

代表的な成功シグナルには、次のようなものがあります。

  • 繰り返し作業にかかる時間の短縮

  • 作業品質や成果物の一貫性の向上

  • 必要な情報へのアクセス時間の短縮

  • 未処理案件や業務の遅延の減少

  • 意思決定の質の向上

  • ミスや手戻りの削減

  • 現場担当者からの肯定的な評価

成功シグナルを具体的にする

単にAIが正しく動作することではなく、誰の、どの業務が、どのように改善されるかを明確にします。

ユースケース

曖昧な成功シグナル

より明確な成功シグナル

社内情報の検索

AIが適切な回答を提示する

担当者が必要な情報を短時間で見つけ、不要な上位担当者への確認を減らせる

入社書類の情報抽出

AIが正確に情報を抽出する

人事担当者の転記作業が減り、書類の不備を早期に発見できる

保険金請求書類の確認

AIが正確に確認する

査定担当者が不足情報を早期に発見し、後工程での手戻りを減らせる

成功シグナルを設定する際は、対象業務、利用者、AIの役割、人間による確認、期待する成果を関連付けて考えます。

重要なのはAIの技術的な性能だけではなく、実際の業務にどのような改善が生まれるかを評価することです。

これにより、関係者が検証すべき成果を共有し、次の判断につなげやすくなります。

検証すべき成果について関係者と合意する

AI導入における成功の定義は、関係者の立場によって異なります。

例えば、現場担当者は作業負担の軽減、管理職は業務効率や品質の向上、情報システム部門は安全性や適切な運用管理を重視するかもしれません。

そのため、検証を始める前に、何をもって改善と判断するのかを関係者間で合意しておくことが重要です。

参考:AI導入を成功に導く関係者の理解

検証前に確認しておきたい項目

  • 期待する成果: 誰が、どのような業務改善を期待しているか。

  • 評価の基準: どのような結果が得られれば、検証を続ける価値があると判断できるか。

  • 比較条件: 現在の業務とAI活用後を、同じ作業や入力条件で比較できるか。

  • 品質とコスト: 出力品質、人的な修正時間、業務完了までの時間、処理コストをどう評価するか。

  • 確認と判断の責任: 誰が結果を確認し、改善・継続・中止を判断するか。

例えば、カスタマーサポートの場合

社内情報の検索にAIを活用するのであれば、次のように検証方針を定めます。

「同じ問い合わせ内容を使い、従来の情報検索とAIを活用した検索を比較します。サポート責任者が情報の正確性、検索時間、回答の一貫性、上位担当者への確認頻度を評価し、担当者による修正時間や処理コストも確認します。」

このように、対象業務、比較条件、評価項目、確認する責任者を明確にすることで、検証結果を客観的に判断しやすくなります。

なお、評価には成功した結果だけでなく、失敗した試行や人間による確認・修正の負担も含める必要があります。

この段階で求められること

初期の検証で良好な結果が得られても、それだけで最終的なビジネス価値や投資対効果が証明されたわけではありません。

重要なのは、関係者が共通の評価基準を持ち、検証結果をもとに次のステップへ進むべきかを判断できる状態にすることです。

これが、将来的に導入効果やビジネス価値をより具体的に評価するための土台となります。


再利用可能なテンプレート:
【ユースケース】が、【ベースライン】と比較して、【ステークホルダー】にとっての【業務フローの結果】を改善するかどうかを、【証拠】および【合意された受入基準】を用いて評価する。

具体例:カスタマーサポートにおけるAI導入効果の検証

ある企業では、カスタマーサポート担当者が顧客からの問い合わせに回答する際、複数の社内マニュアルやFAQを確認するために多くの時間を費やしていました。

そこで、AIを活用した社内情報検索を最初のユースケースとして選び、検証を進めることにしました。

導入支援パートナーは、顧客企業の担当者に次のように質問します。

「この仕組みがうまく機能した場合、現場ではどのような改善が期待できますか?」

顧客企業からは、次のような期待が挙げられました。

  • 必要な情報を短時間で見つけられるようになる。

  • 担当者による回答内容のばらつきが減る。

  • 情報が見つからないことによる上司や専門部署への確認が減る。

  • 新人担当者が必要な情報を探しやすくなり、早期に業務へ対応できるようになる。

パートナーは、さらに質問します。

「それらの改善が実際に起きていることを、どのような結果から確認できますか?」

この議論を通じて、次のような成功シグナルが整理されました。

期待する改善と成功シグナル

期待する改善

成功シグナル

主な関係者

情報検索の迅速化

必要なマニュアルやFAQを見つけるまでの時間が短縮される

サポート担当者、チームリーダー

回答品質の一貫性

類似した問い合わせに対する回答のばらつきが減る

チームリーダー、品質管理担当者

不要な確認・引き継ぎの削減

情報不足による上司や専門部署への確認件数が減る

チームリーダー、部門責任者

新人教育の効率化

新人担当者が必要な情報を見つけやすくなり、業務に活用できていると評価する

新人担当者、教育担当者

この事例から学べること

ここで重要なのは、成功シグナルがAIの機能や技術的な性能ではなく、実際の業務課題と関係者が期待する成果に基づいていることです。

例えば、AIが正確な情報を検索できたとしても、担当者による確認や修正に時間がかかり、顧客対応が改善されなければ、十分な成果とは言えません。

また、担当者、チームリーダー、部門責任者では重視する成果も異なります。そのため、複数の視点から改善を確認する必要があります。

検証では、従来の業務とAIを利用した業務を同じ条件で比較し、検索時間、回答品質、人的な修正負担などを確認します。

重要なのは「AIが正しく動作したか」だけではなく、「関係者が価値を感じる形で、実際の業務が改善されたか」を評価することです。

こうした成功シグナルを事前に共有することで、顧客と導入支援パートナーが共通の基準を持ち、次の検証や導入判断につなげられるようになります。

まとめ


このコースでは、AI導入の機会発見の調査の結果を、実用的なユースケースの機会へと転換する方法について学びました。


業務フロー上の問題とユースケースを区別し、AIが実際に何を行うのかを明確にし、ユーザーと人間の役割を考慮してユースケースを構築し、候補となる機会を評価し、有力な出発点を提案し、検証のための成功指標を定義する練習を行いました。


実際の優れたユースケースは、業務フロー上の課題と実践的な改善の機会を結びつけます。ユースケースが組織の業務フロー、ステークホルダー、運用環境、および望まれる成果を的確に反映していればいるほど、その検証、優先順位付け、そしてより有力な機会へと発展させることが容易になります。


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